エレキギター、生まれて間もない20世紀生まれの新参者の楽器。アメリカ生まれで、日本でも研究開発が盛んに行われたw ピンからキリまで、実に差が大きく、品質基準が人それぞれという難しい基準なため、当たりはずれが大きいと言われている('ω')
ははw みたいな感じですけど、でも、「いいエレキギター」を見つけるってのはなかなか大変だよな~と思う。エレキギター歴も10年以上という古参だけど、なかなかいいギターを見つけるのは大変だな~と思う。
いいギターとは?
今のところの私の定義としては、
①ハイポジションが弾きやすく、ハイポジションの音が綺麗にでる。
これは昨年あたりまでの選定基準でしたね~。でも、ギターをみれば見分けることができる。
ハイポジションが弾きやすい
→ネックとボディとの接着位置が浅い、概ね、17フレットあたりに接着位置が来ていればハイポジションは弾きやすいとみていい。
ハイポジションの音が綺麗にでる
→これはピックアップの高さや、弦高の調整を行うことでだいたい解決できる。ピックアップの高さは、最終フレットを押さえて、2㎜ぐらいの間隔をあけないと綺麗にならないらしい。あとは、弦高は「1.5㎜」というのが標準的な設定なので、良し悪しを判断する場合は、弦高は「1.5㎜」で設定すること。
まあ、このへんは一昨年からの研究で分かってきたことなんだけど、昨年末から、「アーミングしてもチューニングが狂わない」という点を注視するようになったんだよね~。
②アーミングしてもチューニングが狂わないギター
これは正直、はっきりとは分かっていない。アームユニット自体が未完成であり、アームアジャスターの開発が期待されているけど、現行のシステムでほぼ完璧なアーミング精度を達成できるアームユニットは見たことがない。
ゼロポイントも使ってみたが、結局、問題点の解決には至らなかった。
今のところ最も安定しているのは、「10万円以上のつくりのしっかりしたギター」というふうにしか言えない。
具体的には、、まあ、そのへんは過去のブログとかで書いたのでいいかw
なんにせよ、アーミングの精度についは、謎が多い。とても素人レベルでは解析できない因果関係が多すぎて解析しきれない。チューニングが狂う原因として、考えられる要因は100近くあるのでは?という気がする。それら全てを精査しなければならないとなると、専門家じゃないと到底わからなよね。
まあ、幸運にも、私は偶然買った10万円以上のギター、「RG652MPB」というギターのおかげで、精度の高いアーミングしてもチューニングが狂わないギターを手に入れることができたけど、このギター自体はもう販売もされてないし、中古も絶滅したらしいw
再販されればいいのに?とは思うけど、アイバニーズがそんなことするわけもないだろうからね~。
なので、現行でアーミング精度の高いギターを選抜してはいるけど、円安のせいもあってちょっとお値段は高くなってしまったかなw
なんにせよ、いいギターと出会うのは、とても難しい。いいギターの選抜基準は分かっているんだけど、そういうギターと出会える機会は生涯でもそう多くはないかもしれないな~。
そうなると、そういういいギターに出会えた人は幸運だし、きっと、そういう人はどんどん出世していけるんだろうな~と思う。逆に、不幸だとそういうギターに巡り合えず、実力はあっても出世できないっていう、そういう人も多いのかもねえ、、
まあ、なんつか、こういうのも「格差」っていうのかねえ~。格差社会って最近よく言われるんだけど、ギターの世界でもこんな格差が生まれちゃうのはなんだか悲しいような気もするね。
ロックはもともと「反戦運動」として、ベトナム戦争に対する反社会運動というのをモチベーションにしていたわけだし、「愛と平和」をスローガンに掲げていたこともあったわけだからね~。
それが今や体制側の論理にまみれてしまって、愛と平和の理想が失われてしまったという感じなのかな?w
うーん、それじゃ、愛と平和のために、みんな同じぐらいの質のギターを使いましょうって考え方が妥当なのか?w
そう主張するやつもいるんだろうな~。みんなプレイテックのギターでアーミングは禁止みたいなさw プレイテックじゃなきゃロックじゃないみたいなw
まあ、みんなが共有できるという点では、それもありなのかもしれないね~。ビートルズでも、何でもいいけど、ポップスは子供の頃から訓練しなくても演奏できるぐらいのレベルってのが魅力なわけだからね~。
生涯に数本しか出会う機会のないギターじゃないと演奏できない音楽なんて、超特別なものってことになっちゃうよね。それは、なんというか、やっぱり体制的な封建主義を感じてしまいますよね~。
ギターのレベルも上や下があり、上手い奴は下手な奴に横暴な態度を取ってもいい?実力のある人間が社会の上位にいるべきであり、それに応じて権力が分配されるべき、みたいな感じなんだろね。
でも、「運」という問題はどうなる?誰だって音楽をやる環境に恵まれれば音楽の技術は身につくものなのではないか?誰だっていいギターを手に入れらればその才能を開花させることができるのではないか?
たまたま運が良かったやつが、社会の権力を握った、それだけのことを、神のご意思などと思いこむのは傲慢なのかもしれないよね。
個人的には、もっといいギターが、もっと苦労せずに手にはいるようになってくれればいいのにと思う。具体的なとこは分かってる。あとは、そういうものを作ってくれるメーカーさんがいるかどうか、いなければ、数限られたギターに出会えた人のみが享受できる世界で終わってしまう。
ギター戦士、世のため人のため、社会の在り方を自問自答するって感じですねw
はい、そんなわけで、いつかいいギターがもっと手に入りやすくなる社会になることを望みつつ、今回はこのへんで、お疲れ様、
またね~('ω')ノ
ポール先生、おひさしぶり~。アンディさんも元気そうですね~。ふたりともレイドバックした感じがいいすねw